top of page
検索

日常に息づく合気道の教え ③

  • 執筆者の写真: Aiki Hamakaze
    Aiki Hamakaze
  • 4 時間前
  • 読了時間: 4分

私はこの橋を渡らなければいけないのです。私の目的を達成するためにはこの高さ5㎝、横幅30㎝、長さ15mの橋を渡らなければいけないのです。普通2輪免許取得のためにはこの橋をバイクで7秒以上かけてゆっくりと渡らなければいけないと告げる教官の目は、おっさんテロリスト、お前には無理だろう?と、そう嘲笑っているかのようでした。

そしてそれは至極当然のことでもあったのです。なぜなら私は盗んだバイクで走り出すという本当の目的を隠したままこの教習所に潜り込んだおっさんテロリストであり、この橋を渡るということは私にとって不可能にも思えるほど困難な壁であったからです。

私はこの橋に乗ることすらできないのです。橋を前にすると足の底から恐怖が湧き上がってくるような気さえするのです。それほど私は打ちのめされていました。


一度冷静に考えてみます。15mを7秒で走るということは時速7.714285714285714kmで走る必要があります。二輪のバイクをその速度で走らせるということは簡単にバランスを崩して橋から落ちてしまうということです。問題なのは教習用バイクのスピードメーターはデジタル表示ですが小数点以下は示されないということです。これは勘でなんとかするしかないと諦めるしかありません。

次に考えたのは目線です。私は恐怖のあまりハンドルを握った自分の手元ばかりを気にしていました。いつも稽古で手元ばかりを見るなと言われているのにです。私の指先を発した気は地球を一周して自分の背中を貫く必要があるのです。私の目線はこんな狭い世界に留まらず遠くアフリカの悠久の大地を見据える必要があるのです。

それから自分の姿勢に思い至りました。脇は締めすぎず、開けすぎず、両手はハンドルに合わせゆったりと広げ、上半身は脱力ししかし力はしっかりと伝えバイクの鼓動を感じる。腕の力でなんとかしようとするのではなく腰で受け止める。その腰を支える下半身はしっかりとバイクを挟み自らを支える土台とする。

ここまで考えた私の頭に衝撃が走りました。これは何かに似ている、いやそのものだと。今まで稽古を受けてきた私の脳の奥底に眠っていた潜在意識がそう言うのです。

これは呼吸法だと。


呼吸法、私はその本当の意味に気付いていなかったのです。稽古の中で行われるものとして呼吸法だけ異質な気がしていました。少なくとも私にとって呼吸法だけが具体的な技ではないのです。

しかし今や私の感じていた違和感ははっきりと確信に変わりました。

呼吸法はバイク、いや馬畏久(※)の操作法を何百年もの間連綿と今に伝えるためのものだったのです。私が呼吸法を異質なものだと感じていたのも当たり前です。稽古のように見えて実は密やかに特殊な乗り物の操作法を今に伝える伝承だったのです。何百年もの間幾人の武人が、合気道家がこの糸を紡いできたことでしょう。道半ばで倒れたものもいたことでしょう。その細く長く続けられた何人もの先人たちの営みが今、私へとつなげられたのです。



これで私もあの橋を渡ることができるかもしれません。誰にも知られず、どこにつながるかもわからず、苦行にも似た努力をただひたすらに続けてきた先人たちの思いが私の感情を揺さぶります。

もうとっくに涙など枯れ果てたと思っていた私の目じりに風があたり、少しひんやりとしました。それは音が消えた寒い冬の早朝、粉雪をはらんで吹くふるさとの風にどこか似ている気がしました。(Yas)


続く



※馬畏久 ばいく

戦国時代、馬に代わるものとしてポルトガル人宣教師フランシスコ・デ・アシスによって伝えられたとされる。馬が恐れおののく程の速さで走り、また馬と違い疲れを知らず永久に走ることができたことから名付けられたと言われる。しかしその扱いの難しさから一人として乗りこなすものはおらず、人知れず歴史のはざまに姿を消した。(甲陽軍鑑から読み解く甲州流軍学と武田家の軍法 民明書房)


地の底より轟々たる咆哮を発し、聲天地を震はし、雷霆の怒りのごとし。

兵一人または二人を背に負ひ、前後の双輪を足となして、風のごとく奔走す。

奇器、異乗、怪車の類にして、威容赫々たり、鬼神すらも驚く。

馬の用に代はりて戦場を行き、勢ひ当たるべからず。

走ること馬も畏怖するほどに疾く、馬と異なりて疲れを知らず永久に走ることを得たり。

故にこれを馬畏久と名づく。(甲陽軍鑑より一部抜粋)

 
 
 

コメント


bottom of page