私たちが道場で普段行っている礼は、間違っているのでしょうか?
決して、そうではないと思います。
まず、合気道のように特定の武道や武術の諸流派の中で行われている礼は、稽古を円滑に進めるための一種の発明であるという側面があります。
小笠原流の礼法では、座る際や立つ際、歩み出す際などに先に動かすのは「下座の足から」と決まっているそうです。その空間における前後・左右方向それぞれの上座・下座というのは、正面や入口の位置、位の高い人が座す位置などにより決まっています。ところが、自分がその空間の「どこに、どっちを向いて」居るのかによって、下座の足が右足になることもあれば、左足になることもあるのです。
これは大変です。その場の状況に応じて即座に、下座の足はこっちだ!と判断できるようになるには、それだけで半年や一年は修業が必要になりそうです。せっかちな現代人である我々には、とてもそのような余裕はありませんし、きっと武門における先人たちもそうであったに違いありません。
門人たちも、いや、その宗家や師範たちでさえ、正式な礼法を修めた位の高い武士ばかりでなく、徒士(かち)や足軽(※1)、町人、時代によっては農民も多くいたはずです。そんな中で正式とはいえ煩雑な礼法を修養し、運用できるわけも必要もなく、
「うちらの流派の中ではさあ、礼法はもう、これだけでええやん!?」
という礼法の簡略化が提唱されたことでしょう。その代表的なものが、主に剣術や居合の諸流派、剣道などにおける「左座右起:さざうき」(※2)です。どのような場であれ、座る際は左足から、立つ際は右足から出すという、いわばローカルルールです。左腰に差した刀を抜きつける場合、鞘引きを効果的に行うためには腰を左に切る必要があり、左足を踏み出しながらでは理に合いません。
「左座右起」は、剣術家にとっての礼法であり、技の原則でもあるのです。
座礼の際に「左手から突き、右手から引く」(※3)というのも、右手(利き手)のみを差し出した無防備な状態を曝さないためという、同様のローカルルールです。
合気道における礼もこのローカルルールに相当し、一般社会や伝統的な武家社会における「正しい礼」なのかといえば、残念ながら違うでしょう。しかしながら、その門人である我々はその慣例を尊重し、我々なりの美しい礼を心がけるべきであることは言うまでもありません。
(vol. 3 完結編へ続く)
※1 徒士は、騎乗を許されない士分格。足軽は、士分ではない
※2 弓道など「右座左起」とする武道・流派もある
※3 小笠原流では「爪一枚分だけ早く左手から突き、同様に右手から引く」とされている
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